バラエティ番組を見ていると、エンターテインメントの一種として、催眠が取り上げられることがある。若手芸人が空気や流れを読んで、催眠にかかったふりをしているのならともかく、そんなことをしそうにない人さえも一見、「本当に誰かの言いなりになっている」かのような現象を見せることがある。
普通の頭を持っている人なら、この催眠現象というものはいかにも怪しいものだと思うだろう。多くの人は、あんなのはうさんくさい嘘で、本当にかかっているわけではないのだろうと推測するだろうし、これを書いている私としては、多くの人が催眠現象というものを、本能的にはそういう見方で否定的に見てほしいし、そうするのが自然だと思う。ああいうものを見て、すごい!あんな奇跡みたいなことが起こるんだ!と鵜呑みにする人はよほど心配である。
だがしかし、催眠状態というのは存在する。それは、自然な心理状態として存在し、そしてバラエティ番組で見られるような催眠は、その自然な心理状態を人為的に、そして限定的に作り出したものだと言ってよい。
催眠状態とは、果たして一体何なのか?を一言で表すならば、「自分の願望を表現するための言い訳を得た状態」である。有り体にいえば催眠とは、催眠をかけられた人、その人が、普段は恥ずかしくて言えないようなことややれないようなことを、「自分は催眠にかけられているから」という言い訳を使って演じるものである。ただし、それは普通の演技とは違い、「自分は演じていない」という前提のもとに生まれるのである。
TBSのバラエティ番組「水曜日のダウンタウン」では、たまに催眠が取り上げられる。その中にとても良い例があったため、ここで例として挙げさせてもらう。
漫才師の「おぼんこぼん」は、十何年にもわたり不仲で、その二人を仲直りさせようという企画が番組内で組まれた。その一貫として、催眠を使えばそれが可能なのではないか、と試みられたのである。
結果は失敗だった。催眠がもし本当に、誰かを思い通りに動かすためのテクニックだとしたら、それはうまくいったはずである。しかし大前提として、催眠は「催眠がかけられる人の願望を解放させるもの」だから、その人がやりたくないことはやらないのである。だから、人前で馬鹿なことを心の底からしたくない人のように、催眠が全くかからない人も割合としては大勢いる。
催眠に近いものとして洗脳がある。この二つはどちらも、かけられる人の願望に関係している。催眠が、「ある人の願望を気持ちよく解放させてあげること」であるのに対して、洗脳は「ある人の願望を都合の良い方向へ書き換えること」である。それは洗脳しようと思うと、より長い時間がかかることの理由でもある。
儲けを目的としたカルト集団の多くは勧誘のために人の願望を利用している。病気を恐れるがん患者や彼女が欲しい独身男性、子供が成人したあと、人生の目的を失った主婦などが狙われやすいのは、その願望があまりに分かりやすいからだ。
催眠状態は、心のガードを下げるという意味で泥酔状態に似ている。レモンが甘くなる催眠、辛く感じなくなる等もあるが、我慢すれば平気で食べられるレベルだから成功するのである。
もともと人間は、「レモンは酸っぱいもの」「唐辛子は辛い物」という既成概念に大きく影響されているため、多くの場合、必要以上にそれらを過大評価しているから、必ずしも明らかな催眠状態に入っていなくても、例えば「これはあまり辛くないカレーです」「こっちのほうが辛いカレーです」と言われて出された同じ辛さのカレーを、違う辛さを持ったものだと思い込むことがある。催眠はそういった人間の性向を利用しているのであるとも言えるだろう。
結局のところ催眠は、心の中で「そうであると信じたい」と思っていることを、他人に後押しされることで、都合の良い思い込みを増していけるというものである。気持ちよくなってくる、と何度も言われているうちに、気持ちよくなれるかも、と思うのである。残念ながら催眠はそれ以上のものではないのである。
また、それに対して洗脳は、例えば「お前は死んだほうが良い」というような、本人の願望に背くことを何年にも渡って言い続けるのである。そのうち、死んだほうが良いのかもしれないと思い始めるのである。
催眠術界一の大御所、ミルトン・エリクソンは、普通の話をしながら、だんだんよくわからない話をし始め、「よく分からないけどたぶんそうなんだろう」と思わせることで、聞いている人を「理由なく元気づける」ことが歴史的に巧みな人物だった。具体的な理由をあげて、「こうこうこういう理由だからあなたはうまくやっていけるんだよ」というアドバイスを「指示的療法」などと呼ぶが、こういったアドバイスにはしばしば、「でもこうこうこうだからだめじゃないか」といった理由づけによる抵抗が生まれやすい。催眠では「具体的な内容を理解させない」ことで根拠なく人を元気づけることができるから、こういった抵抗が生まれにくいという利点がある。