tapanta

考えたこと、詩、などを書く。

無題

 ひどく逆説的だが、原始仏教を学ぶにつれ、自分がお金を蓄えておくということの重要性を実感するようになった。それは財欲のように、持っていることに執着することではなく、財の向こう側にある、何かをしようと思ったとき成す能力として、お金は必要だということが、よりプラクティカルに意識されるようになった。僕には浪費癖があり、稼いだら、稼いだだけ使う癖があった。

 予定通り朝六時に起きられた。眠いからといって目を閉じたり、睡眠に後ろ髪を引かれていると、余計に苦しくなるということを理解し、目を覚ましているようにしたら、すぐに目が覚めた。

 猫の世話をしたあと、NMLでオーストリアのピアニスト、スコダの演奏を聴いていた。シューベルト 第18番とベートーヴェン 第30番。モーツァルトシューベルトは、スコダの演奏が随一だと思っていたが、この人のベートーヴェンは初めて聴いた。聴いてみて、緩徐の美しさに驚いた。急速部分はねっとりとして、うっと来るところもあったが、緩徐で歌う部分の美しさはたまらない。特に第30番のクライマックスは感動的で、スコダの演奏にぴったり合っていた。

 今日の午前は「無常の教え」を読み、午後十時からシャワーを浴び、歯を磨いて歯医者へ行った。今日は一番酷い虫歯を削ってもらった。麻酔といい、削りといい、ほぼ痛みのない治療で、歯医者と現代医療というものに、頭が下がる思いだった。

 その後途上にある地元の図書館へ行き、猫背の本や、エピクテトスの本など四冊を追加で借りてきた。「ねこ背は治る!」という本は、少ない内容でだらだらと書き、内容も下劣でくだらない本だった。専門知識を求めて本を求めるのに、くだらない内容だったり、思い込みで書いてあるものが多くて驚く。図書館もほとんど屑山だ。埋もれた良書を探すのに一苦労だ。一方、その近くにあった、「姿勢の本」という本は詳しく、そして分かりやすく良かった。良い姿勢であれ、楽な姿勢であれ、同じ姿勢を取りつづけることの問題を語っている。

 今日はその後、夜の七時間くらいを仕事探しに費やしたが、気の効いた発想がないまま、探すのを中断した。夜は、しかも今朝は三時間睡眠では、論理的な思考力が著しく下がっているため、このたぐいの作業に向いていなかった。結局「姿勢の本」を最後まで読んで、午前0時に寝た。あと数日は、睡眠欲との闘いを全うせねば。