tapanta

考えたこと、詩、などを書く。

ただ在り続けるということ。

 午前6時に起床。昨晩食べるはずだったタコライスを食べた。本当は図書館の本を読み進めたいのだけど、人体についてインターネットで調べていた。小学生の読む「人体のふしぎ」を超えるレベルのものでなかったのに、これまでにまったく知らなかったこと、知ろうとしなかったことが沢山あって、驚いた。食物繊維がどうして便秘に効果的か?ということさえ、僕は知らなかった。

 昼飯には辛ラーメンを食べた。それから、真我がどうこう、苦しみがどうこうといったことについてネット上の文章をいろいろ読んでいた。

 午後4時からは自分が赤ん坊だったころのビデオを見たりしていた。

 午後6時に、このブログを書きながら、絶対的な不可能性ということを悟った。そしてそのことについて書いていたら、長々とした文章になってしまった。

 午後8時に、晩飯にキャベツ、アジフライ1尾、白飯、シュウマイ3個、だけを食べて、午後9時過ぎに、寝た。

 

 

 昔から詩を書いていたのは、孤独が原因だった。でもその孤独というのは、人と仲良くして満たされるといった単純なものではなくて、ずっと根源的な心の奥からの孤独だった。僕が書いていた詩はあれもこれも、孤独について書いた詩で、それ以外の詩はひとつもなかった。

 ここで躓いてくださいと
 分かりやすい言葉があった
 僕が躓くと
 彼女がころんだ
 彼女の裾から意味が溢れた

     (自作詩「意味」より)

 世界のあまりに率直な欲望の側で僕は夜空の下ひとりハイエナのようにうずくまっていた。僕には顔がありそうででもなくて女の光る眼が二つ、磨かれた僕の顔に反射していた。世界にはそれ以外に光がなくて音もなくて代わりに声で充ちていた。それは田舎の電気屋のようにあまりに小さな世界だった。だから僕は僕がそう憧れたような男でもなくてもちろん女でもなくて世界に欲望される孤立者だった。

     (自作詩「箒の長い柄が眠れない夜の眼底を小突く」より)

 ちょっと転んだだけで泣き始めてしまった子供や駅のホームで電車を待っているだけなのにそれが待ちきれないような気持ちのことを考えていた。閉じこめられたみたいに自分の部屋で臥せっていることや恋人から簡単に切り離されてしまったことが心の中を渦巻いているのを見て自分が不幸であることを思っている気になっていた。それでも自分が自分の不幸に入り込めていると信じていることにはっきりとはいえない違和感を抱いていた。

     (自作詩「Parousia」より)

 人と分かり合うことができるという幻想、というより妄想は、二年半前にはもう論理的には否定できていたことだった。発掘してきて、当時書いた自分の文章を読むと、今の自分より、と言いたくなるくらい、そのこと、つまり、コミュニケーションの不成立のことについてしっかりと書いていて、驚いた。そこに欠けていたのは、コミュニケーションは不可能だということを書きながら、しかしどこかに抜け穴があるはずだという信仰を捨てきれないということだった。

  コミュニケーションは絶対的に不可能だという事実を受け入れること。さらにいえば、苦悩に向き合うこと。苦悩は次のような原因を持っている。あるときは、孤独、あるときは、退屈、あるときは、疲弊、あるときは、不安。そのどれも、避けることを前提とする時に、苦悩となって膨れ上がる。このブログにおいてもそうだった。昨日までは平穏だったのに、今日は苦しい、どうしよう?と戸惑い、一日中寝ていたのだった。

 平穏さに執着すること自体が間違いだった。苦悩の原因が生じても、それを受け入れ、観察し、動揺しないということが肝要だった。そのことに気づいた。一切皆苦、人生とは苦しいものなのだ。なぜなら多くの「不可能性」が彼を取り巻くからだ。可能性を探しても無駄だ。コミュニケーションを代表とする、この世界のどれも、本質的には可能でありえないものだから。それでも平穏であり、喜びのなかに住まうことができると、ブッダは述べたのだ。

  どうして、これができないのか?あるいは、どのように、これはできるのだろうか?などと問うて、思考の迷路を彷徨ってはいけないということだ。なぜなら、それは不可能なことだから。しかし、苦悩の原因が、苦悩になることを引き止めることはできる。そのために、苦悩を観察し、そして苦悩の原因を観察する。そうすれば、苦悩が生まれる原因は、ただあるがままの不可能性として残ることになるのだと思う。