tapanta

考えたこと、詩、などを書く。

対話について

 今朝は雨であまりに冷え切っていた。いつも通りの格好では無理があった。震える手でスマホを触っている。

 吉本隆明の廃人の詩では世界を凍らせる言葉という空想が語られる。高田渡も「ほんとのことが言えたらな」と歌っている。そこに空想される真実の言葉とはなにか、それがこの朝駅へ向かいながら語るべきだと考えられたことだ。

 まず直截に言って、真実の言葉なるものは存在しない。語り手がこれが本音だと考えて述べるときにも、それは真実の言葉としては存在できない。なぜならその真実性の支えは聞き手の方にあり、それが真実だとみなす聞き手の恣意的判断に委ねられているからだ。

 語り手の言葉は常に「何らかの愛の要求」として始動する。言い換えればそれはどのような内容を持ってしても、「このような形をした何らかの愛の要求」の範疇に留まっている。それが世界を、ではなくとも場を凍らせるとき、その言葉は逸脱した愛の要求を孕んでいる。

 逸脱した愛の要求とは、極めて単純に返答の典型例を齎さないところの要求である。こんにちはという愛の要求には、こんにちはという返答の期待の示唆が予め含まれている。社会的コミュニケーションは常にある言葉がその返答の選択肢を措定することで進行する。質問は発語を措定するところの典型例であり、その範囲の措定ということよりも、その水準の措定において能く機能する。というのは、好きな食べ物はなんですか?と聴くとき、その範囲においてはあまりに広い可能性がありえるため、一種の不安をもたらす可能性が残っているが、そのバリエーションをどのように活用しても、関係を壊すような発語は飛び出し得ないという信頼感を齎してくれるということである。

 ある発言が場を凍らせるのは、第一にその発語が返答例を提示しないことによる。そういう場合かろうじて飛び出すのは「ああ」「おお」と言った肉体的言語、あるいは諸感情的反応である。だが多くの場合はただ反応に困窮し、発話の探求へ移行することになる。

 発話の探求。対手が何を言ったか考えること。その過程は普段のコミュニケーションが、対手の発語を自身への要求として捉えるところで機能していることを明らかにする。つまり「あなたは次にこう答えてください」という要求が話者から発されるので、それを解読して、「お気に召すまま」話すのである。そのとき場を凍らせる言葉というやつは、聞き手にとって解読しづらい言葉である。だから話者の反応として考えられる第一のものは「君は何を言っているのか」と言う戸惑いであり、次いで「どうしてそんな言葉を発したのか」という怒りである。

 そこでは関係の梯子が外される。言い換えれば、対話が既知のレールを外れる。関係は地図にない道を走り始める。それは横暴な発話者においても哀れな聞き手においても同じように、不安の原因として機能する。対手は次にどのような発語を齎すのかという緊張、それはスリリングというよりもクリティカルな状況である。

 この段階で敢えて次のように展開する。それはどのように「真実」であるか?と。そのひとつはパターンとしての対話を、つまり要求としての交流を許さないことにおいて。また、もうひとつはあまりに直接的な愛の要求の提示としてである。というのも、その具体的な内容を指示しない愛の要求は、愛の欲望の姿を垣間見せるからだ。欲望の水準で関係しようとすることはどれほど大きな要求だろう。それは聞き手においても、発話者自身においても。だからそれは怒りや困惑の反応を得る十分な根拠を持っているのである。というのも、欲望が要求へ転じるのは、そのような欲望の謎の存在を認知したくないがためである。発話者はそこで自身の齎した謎に対し、他者へそれへ沿うよう要求する。だからそれは多くの場合拒絶される。主体が表現しうる最大の愛の要求はそのとき拒絶される。分析に特権性があるとすれば、そこで拒絶が生じないということだ。正確に言えば、それは拒絶されるのだが、愛の要求はそれが要求であるという点において常に拒絶されるのだ。つまり関係を凍らせるような言葉は、それ以外の要求と同様に処遇され、「まだ真実は遠いよ」と告げられるということである。場を凍らせる言葉、廃人の言葉を話すものは分析の欲望に囁かれている。言い換えれば要求が拒絶されることを欲している。そこで何が姿を現すかを期待している。

 だが分析の場を除いて、そこに現れてくるのは、どのような内容を持つにしろ、改めて送られる他者の要求である。社会的関係は要求を繰り返す。多くの場合、他者はより答えやすい質問を携えて向かってくるだろう。僕のあれだけ分かりやすい暗号が読めなかったんだね、それなら今度はもっと分かりやすい暗号を君に提示してあげよう、と。要求に対してかけた梯子を欲望が外すのと同じように、欲望に対してかけた梯子は、要求によって外される。