最近になってふいに、自分の詩に柔らかさを感じるようになってきた。
そうとは思わず書いているのに、自分の詩が柔らかくなってきてうれしい。
誰かに、理解される、かどうかは別問題だけど。
夏が終わっても
空の青はなくならない
透明な朝はなくならない
飲み水の屈折もかわらない
今だって一人のつむじ風がはだかになって
死の世界を嬉しそうにとびまわっている
心の存在しない世界をみるときにだけ
人は本当の心をみることができる
なんて並列なんだろう
死と生は
全く違う時間を持つものたちが
同じ空間を分け合っている
昔から書いていることだけど、
中原中也は天使のように、と書いていたけれど、
本当の言葉を話すときには、
関係意識が吹っ飛んだ次元で、
うっとりと語る、言葉が必要になる。
と、僕は、思っている。
うっとりと語ること、無責任に語ること、
自分を非関係の方へ失うこと、